第14章 喪失
『親父ッ!帰ってきたぞ!』
洗濯物を干していた優姫の耳に屋敷の門の辺りから怒鳴り声が響いてきた。
薄汚れた着物を着た若い男性が庭にヅカヅカと入ってくる姿が見えた。
『どけよっ!てめぇら誰に気安く触ってやがる!離せっオラァ!!』
『お止めください、若。旦那さまから勘当された身でこの屋敷で無体を働くことは許しませんよ。』
『橘かぁっ!てめぇ、相変わらず小うるさいヤツだなぁっ!!あぁ?!とっとと親父を呼んでこいよっ!』
『相変わらずはお前であろう!どの面下げて戻ってきおった!とっとと出ていけ!!』
『親父ぃ、俺が悪かったよ。反省してんだ。俺だって屑みたいな生活してたい訳じゃねぇよ。やり直したいんだよ。頼むよ、助けてくれよぉ。』
『うるさいっ!庭先で恥知らずがっ!取りあえず話だけは聞いてやるっ!中へ入れっ。』
旦那さまと若と呼ばれていた男性の怒鳴りあいが終わった。
旦那さまを親父と呼んでいたということは、息子さんだろうか?
ぼんやりと考えていた優姫の隣にいつもよくしてくれる使用人の女性が立った。
『この屋敷のどら息子だよ。貴族にもあんなチンピラみたいなのがいるなんてビックリだろう?近づかないほうがいいよ。あの若様は女子供も容赦しない方だから、気にくわないことがあれば痛め付けられるよ。』
『勘当されたと橘さんが言ってましたよね?』
『二年くらい前に博打でかなりの財産を使い込んだのがバレて追い出されてたんだけど、生活に困って泣きついてきたんだろうね。旦那さまも何だかんだで馬鹿息子には甘いとこがあるからねぇ……このまま屋敷に戻って来ちゃうかもねぇ。』
やれやれといった感じで仕事に戻る女性の後ろ姿を暫く見つめてから優姫は残りの洗濯物を干した。