第1章 離反ものがたり
何を想って居心地の好い空間を自ら飛び出したのか。
正直に話したら、アンタは許してくれるかい?
離反ものがたり
「…、全然変わってねぇな」
「……そうだな」
この国の中心である、大きな建物。
その門の前、隣の柄の悪い男が感慨深げに呟いた言葉に、俺も思い返すようにゆっくりと答えた。
数ヶ月ぶりの懐かしい空気、見慣れた風景、あくせく働く文官や武官たち。
それを見て、肌で感じて、ようやく帰ってきたのだと実感する。
身勝手な考えでここを飛び出したものの、長く慣れ親しんだ雰囲気はひどく落ち着くものだった。
手持ち無沙汰に門柱にもたれ掛かり、青く澄んだ空を見上げると、吹き付ける風が頬に付いた傷にやけに滲みた。
ふと、この城でいちばん広い回廊を歩くある男の姿を見つけて手を挙げた。
「凌統殿!甘寧殿!」
俺たちを見るや否や、名を呼びながら小走りに駆けてくる年端のいかない若い男。
この国の重要なブレーンでもある陸遜は、その実績に似合わず幼い顔をしている。
事実、年齢は若いのだが、その手腕と戦っぷりはそこらの大人顔負けであって。
それを買われてか、この国の君主の右腕とも言うべき存在だ。
ただ、何かあるとすぐに火計火計言うのはいただけないが(実際問題、2、3度燃えかけたことがある)。
「よォ、りっくん、久しぶり」
「誰が"りっくん"ですか、誰が!!」
そんな偉い奴にこんな軽口を吐けるのは、俺たちが同僚だから。
いや、"元"同僚と言った方が正しいか。
「てゆーか、あなたたち一度離反したくせに、よく戻って来れましたね」
陸遜は「どんな神経してんですか」と眉をしかめ呟く。
「「いやー、ハハハ…」」
そう、俺たちは数ヶ月前、ある女の誘いに乗ってこの国を飛び出した。
その誘いと言うのが、「この国を裏切りませんか?あなたたちはもっと高い評価を受けるべきです」と言うもの。
つまり、離反の誘い。