第1章 残されたもの
「急に冷え込みましたね……」
空を見上げながら、一期一振は軽く身震いをした。
昼間の天気が嘘の様に、鈍色の雲が低く停滞をしている。
風の流れもその動きを止めてしまったかのように、シンとした空気だけがそこに存在していて、その静けさが、酷く神聖なもののように思えてくる。
いつものように美桜の部屋の許に向かいながら、一期は不思議な感覚に囚われていた。
何かが違う……そんな気がする。
それは漠然とした曖昧な感覚なのだが、何故か心に残り、反対に冴えた印象を刻み込む。
気にしすぎだろうかと首を傾げながらも、急く心は無意識に一期の足を速めていた。
歩みを進める一期の足元に、ふわりと真っ白な真綿のようなものが天から落ちる。
「……雪……?」
聖なる夜を一層清めるかのように、ふわりと白い小さな天使たちが次々と天から舞い降りる。
奇しくも今日は十二月二十四日。
今日この日に降る雪だなんて、何と粋な計らいをしてくれるのだろかと、天を仰ぎ見て神に感謝したい気分になった。
一期は、懐をそっと手で触れる。
「渡せる筈など―――無いと解っているのに……」
奇跡のような偶然が、自分の上にも舞い降りるようにと願う心を慰めるかのように、触れる懐の中でチリンとひとつ鈴が音を転がした。
その鈴の音に癒されてしまう自分が何だか可笑しくて、ふと笑みを零す。
それでも、密かに想う事は罪に値するのだろうかと、軋む心も一方にはあり、揺れる心が己を悩ませる。
そもそも自分と美桜は主従関係であり、尚且つ人間と刀剣である。その時点でこんな感情を持ってしまうこと自体が先ずは間違いではなかろうかと、何度も何度も自分を戒め続けてきた。
それでも自分の気持ちに蓋をすることは、如何に優れた刀剣であろうともやはり不可能であった。
『……なぁ、一振。
俺達にある心とは……一体、なんであろうな』