第1章 残されたもの
門をくぐり、本丸に向かう。
予想外に遅くなってしまった時刻の所為か、それともこの雪の所為か、本丸内は音もなく静まっていた。
一期は足を止め、美桜の部屋を見遣る。
自分の想いを、それはほんの少しの我侭だから、どうかお許し下さいと祈りながら。
「―――――美桜様?!」
明かりの灯っているはずの窓には何も無く、一期は不安に苛まれた。こんな時間に主が部屋にいないなどとは、先ずは考えられない事だった。
だからこそ、酷く不安に駆られる。
一期は、本丸の周りを中心に辺りを探し求めた。
当てなど無いまま、それでも立ち止まることだけは出来なくて、吐く白い息が空に消える度に、抑え切れない不安はキリキリと一期の胸を蝕んでいく。
「美桜様っ……一体、何処に――――」
気持ちだけが焦りを募らせ、思考と身体が思うように動かない。
視界は闇に阻まれ、手足を縛る。
どうしようもない苛立ちは自分に向ける不甲斐無さで、何一つとして彼女に繋がるものを持ち合わせていない今の自分という現実を痛切に思い知らされる。
俯きたくなってしまう。
情けなさに押し潰されてしまいそうで、一期は懸命に唇を噛み締め自分の足を手で打ち叩く。
何度も何度も繰り返すうちに熱を帯び響く痺れが、己の鼓動と混ざり意識が濁る。
感覚が鈍るにつれ、自分は一体何をしているのだろうかと、意志が曖昧になっていき逃げ場を知らず知らずのうちに作り上げていく。
『……ま、悩んでる方が、人生驚きの連続だがな……』
ドクンと、大きく何かが身体の奥で一期の心を揺さぶる。
突き動かされるように視線を上げれば、行くべき道が指し示されたような錯覚を起こす。
自然と走り出す足は、少しずつ地を染める雪に刻むように跡を残し、闇夜の中、導くように浮かび上がる白い道を、促されているかのように辿っていく。
何処までも続くその道が、その長さが、『あの人』までの距離のように思えて、酷く苦しい。
ならば尚更、こんな所で止まるわけにはいかない―――――
一期は、握り締めるように胸に手を置き、懸命に走り抜けて行った。