第16章 邪魔だ、どけ
銀時side
月詠はそんな銀時を見つめながら、躊躇いながら唇を動かす。
「___確か…_____カスミ…といったかな。」
カスミ、霞、霞草。
鴨志田の言った、花の名に繋がる。
「どこで、いつ会ったか覚えているか?」
銀時はまた重ねて問う。
細い細い糸を手繰り寄せるように、小さな足跡をたどるように。遠くに見える背中を、小さな背中をおいかける。
「…確か鳳仙が死ぬ前だった。場所はもちろん吉原。」
「遊女として働いていたのか?」
すると、月詠は訝しげに顔をしかめた。銀時はその様子に少し驚きながら、彼女の言葉を待つ。
一方月詠は記憶の中のカスミを形作り、銀時の言う違いを確信した。
齟齬、記憶のエラー。
その類いのものではないはずだと月詠は思う。あの怪しい風の強い夜を忘れるはずがないのだから。
そんな確信にも似た思いで月詠は言葉を紡いだ。
「銀時、カスミは男だったぞ。」
またひとり、またひとり、渦に巻き込まれていく。
いや、違う。
正しくは本来の形を作り上げていく人物が揃いつつあるだけか。
心と体。
矛盾と真実。
嘘と種。
明かされてはいけない春雨遊郭、夕時雨の存在。
存在を葬りさずを終えなかった最大の事件。
その真実を知るものはただ一人だけ。
誰もが生にすがりついた、あの事件のきっかけとはじまりと結末をすべて知るのは一人だけ。
この世に生きているのは、一人だけ。
『これが真実よ、与一さん。』
風が吹く。強い風が。
彼女の言葉をかきけすように風が吹く。
先程まで遠くで聞こえた主人の声はもう聞こえない。
汚い笑い方をする、あの化け物のようなここの主人はやはり敵だったのだ。
『気がつくのが遅かった。わたしのせいよ。』
わたしがもっと前みたいに強かったらよかったのに。
肩を震わせながら彼女は言葉を放つ。やるせない想いがその場を包んだ。
『お願い、与一さん。わがままだって分かってる。』
呼んできてほしい人がいる、と彼女は言った。
切実な瞳で、訴え掛けるように。
『…任せてよ、千鶴さん。』
僕に選択肢なんかない、だってこれは。
『僕の復讐も、終わらせなくちゃだから。』