第16章 邪魔だ、どけ
○日後
千里side
誰も真実なんか知らないはずだった。
知り得ないはずだった。
皆一人の人間で隠したいことが必ずあるから。
例えば楽しくなくても雰囲気を壊さないように笑うこと。
例えばいけないとわかっているのに流されてしまうこと。
きっといつでも皆が嘘をつく瞬間があって、皆が人をだます理由がある。
そうして生まれた連鎖を断ちきる方法なんて誰も知らない。
だから誰も真実なんか知らない。
知る必要がない。
だって人は弱いから。
強くなんてないから。
それを攻める資格なんて、誰にもないから。
なのに、どうしてなんだろう。
どうして人は真実に手を伸ばしたくなるんだろう。
暖かなものを切り裂いて、汚いものと立ち向かおうとしたんだろう。
そこにいれば、きっと私の大切なものは守れたのに。
なにもしないで口をつぐんでほしかった。
あなたのためじゃない。
他でもない私のために。
一緒にいたい、それだけだったよ。
それ以外に理由なんてなかったよ。
「ど、うして…?会いに来たの…?」
涙が頬を伝う。
嬉しさと悲しさとが混ざりあって、声がうまく紡げない。
ただひとついえることは、きっとこれは正解じゃないと言うこと。
誰かを傷つけるかもしれない選択を彼女がしたと言うこと。
「どうして会いに来たの!!!?」
私は叫ぶ。こんなことはただしくないと伝えるために。
一番大切なもののために戦ってほしかった。
無駄な危険にさらしたくなかった、私が守りたいうちの一人のために。
けれど彼女はあのときと変わらない凛とした瞳で私を射ぬいた。
唇がちいさく上がる。
昔と変わらない紅で彩られた美しい唇。
だけど昔と違ってすこしだけ荒れた手。
「一人で背負わせるなんて絶対しない。」
彼女は、続けた。
「会いたかった、野菊。」