第9章 雨ときどき雹
桂side
「畜生。」
苦し気に吐かれた言葉は桂の心を震わした。
彼の手が強く強く握りしめられる。
「宗。今のは?」
桂がそう問えば、宗はゆっくり視線をこちらに向けた。
そして言葉を紡ぐ。
「いったろ、化身だ。」
「でも出てくることはあんまりないと…。」
千里は言っていたよな?
視線を少し下に下げれば、柔らかな寝息をたてて眠っている千里がいる。
この前気絶したとよりは安らかで。
宗も同じく千里を見つめていた。
その瞳に哀愁が浮かんでは消える。
「それは、千里の前だけだ。」
「何?」
「……雨龍は、千里の前に出たがらない。」
はっきりと、言葉を続ける宗。
その内容は些か桂が疑問に思うところだった。
しかし触れてほしくないのだろう。
彼は唇をぎり、と結び、畳の目を凝視している。血走った瞳からは後悔が浮かんでいるのに桂は気がついていたが。
「信頼がない訳じゃないな。」
そう問おうとしてやめる。
それは聞くだけ野暮だと判断したからだ。
喉元まででかかった言葉は彼を疑っているということに等しい。
それに、桂も宗が彼女を信頼しているということに関しては100パーセント自信がある。
「……聞かねぇのか。」
その時、微かに震えた声が聞こえた。桂はその声の聞こえた方向を見て、驚きでハッとする。
彼の瞳は、弱々しく揺れていた。
自分の行っていることに自信がないのか、それとも先程"彼"に言われたことを反芻し、気にかけているのか。
本当のところはわからない。
ただ今彼の中にあるものが不安だと言うことには確信を持てた。
そして今、信用はしていても信頼はしていない桂にその事を聞くほど余裕がなかったことも。
飄々としていながら、今回の作戦の失敗が彼にとってどれ程痛手であったかを桂は痛感した。
「いつか。」
だから桂はひっそりと心の中で願った。
「いつか、話せるときでいい。」
そのいつかが訪れることを。
儚くも優しさを称えた笑みをこぼす桂。
その桂の表情に目を見張る宗。
そうして一度宗は視線を落とし、また前を向きなおした。
その顔に迷いは一切ない。
成程、貴様は以外に脆いのだな。
口に出すことはできない言葉を心の中で桂は呟き、再度宗を見た。