第6章 最終話
この年齢になって、こんな風にして男の人に頭を触られることになるとは。そりゃあ、美容院なんかで男性店員に触られることはあるが、それはあくまでも私がお金を払うお客様だからだ。
もう、何をしゃべっていいのか分からない。黙っているだけの私。私が黙っている間にも、セバスチャンさんは手際よく私の髪を乾かしていく。慣れているのだろうか。翻訳家が他人の髪を乾かし慣れているなんておかしいから、やっぱりプライベートなのかな、と余計なことを考えていると気分が沈んできた。やめておけばよかった。
ふいに、モーター音が止む。
「終わりましたよ。」
セバスチャンさんは、鏡の中の私に話しかけてきてくれる。セバスチャンさんはドライヤーを片付けている。私は、ありがとうございました、とお礼を言うことしかできなかった。
「いい匂いですね。」
部屋に戻ろうと歩き出したとき、セバスチャンさんはふいに話しかけてきた。私の髪に鼻を寄せて、すっと息を吸い込んだみたい。何をしているのですか?褒めても何も出ません?私はもう、どう反応していいかも分からない。相変わらず俯いているだけの私。
「これ、試してみます?」
セバスチャンさんの手には、袋が。手に取って読んでみると、また試供品。ボディローションらしい。女性ものなので、セバスチャンさんが今後使うかどうかは微妙なところ。いや、セバスチャンさん自身が使わなくても、彼女さんとかがいるなら消費はするよね、なんて、卑屈な私は心の奥底の隅で小さく呟く。
「そこまで貰ってしまって、いいのですか?」
「構いませんよ。」
セバスチャンさんは、二コリと笑いかけてくれる。