第6章 最終話
「はぁ。意外に強情ですね。」
セバスチャンさんは椅子から降りて、こちらへ近寄ってくる。あらゆる意味で加速する鼓動。
「ひゃ!?」
私の体はセバスチャンさんの腕によって空中に浮き、数秒とかからずにベッドへと運ばれてしまった。慌てて上半身を起こし、私を見下ろすようにして立っているセバスチャンと目を合わせる。普段よりも更にセバスチャンを見上げるような格好になっている私。ううん、そうじゃない。見下ろされるようなこの状況に、私はゾクリとした。
「そういえば、先程の返事を聞かせてはくれませんか?」
え?何の返事?私がキョトンとしていると、察しの早いセバスチャンさんはすぐに切り返してくる。
「嗚呼、直接言葉にしなければ分からないほど、結衣さんは初心なのですね?」
心なしか嬉しそうにし始めたセバスチャンさん。何だろう。その笑顔が怖い。
「……?」
「お互いを知るために、触れ合う。駄目でしょうか?」
「!」
流石に、血の巡りの悪い私でも、この状況で言われてしまえば、それが、その言葉がどのような意味を持つのか、邪推してしまう。いやいや、でも、これは私の思い上がり、どころか、実は長い夢の中?
「シャワー、使いますか?」
「!」
どうやら夢ではなさそう。そう、そう。仕事帰りでお風呂にも入らずにセバスチャンさんに会ったから、きっと私の体臭とかが気になるんだ。きっとそう、絶対そう。こうやって少し離れているけど、実は私から何か臭うんだよね?実は私の体、クサいんだよね?だから、遠回しにこうやってシャワーを勧めてくれているんだ。これ以上このきれいな部屋に私の体臭が移ってはいけないとか、そういうことだよね。もうめちゃくちゃだけど、そう思おう。私は、平生を装って、できる限り自然な感じでお礼を言って、ベッドから降りた。トイレの横がお風呂。場所はさっき見た。
「私は先程入りましたので、遠慮なく。ここで待っていますから。ああそうそう、バスタオルやタオルは新しいものをバスルーム内に置いてありますから。あと、使い捨ての歯磨きセットも置いておきました。」
「あ、ありがとうございます。」
お礼を言いながら、セバスチャンさんはきっと一流のホテルマンになれるだろうな、とか非常にどうでもいいことを思い浮かべて、少しでもこの状況から気を逸らそうと努力した。