第5章 第5話
「そんなことですか。」
やれやれ、といった風に眉を下げるセバスチャンさん。同時に、私の向かいの席からすっと立ち上がる。あーあ。きっと、もう面倒くさくなったんだ、この七面倒くさい私を。分かってる。自分がこんなにも面倒くさい奴なんだって。さて、セバスチャンさんはご帰宅かな。この流れだと、もう会えないな。今までの私の人生の中でも珍しい経験をさせてくれてありがとうございました。私は俯いたまま、セバスチャンさんの立てる靴音を聞いた。
「―――――!!」
不自然な位置で靴音が止まったかと思いきや、セバスチャンさんは静かな音を立てて私の隣に座ってきた。ワインボトルからワイングラスにワインを注ぐ音がした。私は、俯いたまま何も言えない。固まっている私の耳に、セバスチャンさんはそっと唇を寄せる。微かに、耳に吐息を感じる。猫カフェでの出来事が、今度は身体感覚を伴ってより鮮明に、からだの中で再生される。ゾクゾクして止まらない。
「私は貴女をもっと深く知りたいと思っています。それだけで充分ではありませんか?」
そう言ってセバスチャンさんは私の耳朶を撫でてきた。……今のはたぶん、舌だと思う。
「ひゃ……。」
私は、声を極力抑えているけれど、駄目。漏れてしまう。
「結衣さんは、私のことをどう思っているのですか?」
セバスチャンさんは、まだ私の耳元に口を寄せているようで、その吐息が耳に掛かる度に、私は言いようのない感覚に襲われる。強いて言葉にするなら、腰のあたりがゾワゾワして止まらない、といった具合。
「え……?」
私がセバスチャンさんのことをどう思っているか?
「何でも……できるし、―――っ、すごい、なぁって、……思います……けど……、ひゃ、っ?」
耳に生温い感触。いくらなんでもこれは絶対にやりすぎだと思う。でも、拒み切れない私がいる。どうして?私はどうかしている?
「けど、何ですか?」
セバスチャンさんの声は普段よりも低いぐらい。私と違って落ち着いている。きっと、こんなことにも慣れているのかな、なんて考えてしまう。
「……っ、け、ど、私とは、住む世界が違い過ぎて」