第5章 第5話
お酒を飲みながら、お料理もちょこちょこと食べ進める。そんなにたくさんは飲んでいないはずなのに、いつもよりも早い段階で頭がほんわりしてきた気がする。いつも心地よいセバスチャンさんの声が、心なしか遠くで聞こえるような気もする。セバスチャンさんは、私が気になって尋ねた、あの映画の原作本について話してくれていたのに、勿体無い。
「……で、結局私の所属する英国の出版会社から資料を取り寄せることになりました。日本人向けに設定資料集も巻末に附けて、より作品世界を理解できるような形にしたほうが受けると踏んだのでしょうね……、おやおや。少しお疲れのようですね。」
少し、頭がぼーっとする。でも大丈夫。折角連れてきてもらったのに、こんなことじゃ申し訳ない。
「ん、大丈夫です!で、発売日とかは決まったんですか?」
「いえ、この話はまた今度にしましょう。私の仕事よりも、今度は結衣さんの話を聴かせてください。」
紅茶色の瞳が、私を見透かしてくる。
「わたし、の?」
「ええ、貴女の。」
薄ぼんやりとした頭を回転させて、何を話したらいいのか、必死に考える。きっとこんな質問、頭が冴えているときだって困るに違いないのに。
私の困惑をよそに、紅茶色の瞳が、何やら楽しそうな色を帯びる。
「でも、私の話なんて、聞いても何も面白いことないですよ。セバスチャンさんみたいに、外国にいたような経験も何もないですし。」
私は困って俯く。そう、私なんて、セバスチャンさんと釣り合うところなんて、何一つないのだから。仮にセバスチャンさんがその超絶会話テクニックで気の利いた質問をしたとしても、私からは平々凡々な回答しか出てくるまい。セバスチャンさんだって、そんなことぐらいもう分かってるはずなのに。それとも、やっぱりこういう平々凡々な人間ほど珍しくてたまらないのだろうか。