第5章 第5話
「男性を知らないのか、或いは人間というものを信じて疑わないのか――――」
悪魔は、ベッド近くの電燈に目やり、すうっと目を細める。
「嗚呼、次の日曜日が待ち遠しい。」
どうやらこの悪魔は、あの女を愉しみたいと考えているようだ。食事でも、料理の色や香りを楽しんでから、その空腹を満たすためにゆっくりと味わって食べる――――人間の食事に譬えるのならばこんなところだろうが、その実際の行為は人間の価値観でいうところの邪道や下衆を超えて、鬼畜外道以外の何物でもない。
人間にとって、悪魔とは百害あって一利なしの毒でしかない。多くの場合、関わりを持ったが最後、その人間の運命は惨たらしい悲劇で彩られてしまう。マーキングでも付けられてしまった日には、その人間は、確実にその魂を悪魔に差し出すことになる。いや、人間がいかに抵抗しようとも逃げようとも、悪魔は文字通り、あの世の果てまで追いかけてくる。そんな恐ろしくえげつない悪魔だが、退屈こそが彼らを殺す毒となる。人間には今一つ理解されないものだろうが、少し考えれば想像に難くない話だろう。長きにわたって生きていれば生きているほどに、外界から得られる刺激が少なくなる。そうすると、いくら心身ともに頑強な悪魔であっても、その心が死んでいってしまう。それは、存在がその内側から機能停止していくことに等しい。つまり、精神の死を迎えることになるのだ。だからこそ、彼ら悪魔は、図らずしも退屈という名の毒で自らの精神が死んでしまわないよう、努めねばならないのだ。人間がその歴史において、受け継いだ命をわが子へ、そして子から孫へと繋いでいくことで、「人間」という存在を刻み続けているように、悪魔は悪魔で、自らの存在を自らの手で繋いでゆかねばならぬ、宿業であるのかもしれない。
基本的に悪魔は睡眠を必要としない。しかし嗜好品として睡眠を楽しむことはある。今宵の悪魔は、頭の中にあの女を浮かべながら、数年ぶりの惰眠を貪っていた。そういえば、彼等は飲食も必要としないのだが、さて。
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