第4章 第4話
「ほら、ノワール、私なんかより、セバスチャンさんのほうがよっぽど猫が好きだって。可愛がってもらえるよ。」
私は猫ちゃんを両腕で抱え、何とかセバスチャンさんの方向へ向けようとしたけど、猫ちゃんは私の腕の中で抵抗を試みている。セバスチャンさんは部屋にあった猫じゃらしを片手に、憂いを帯びた顔になっている。こんな顔をしても絵になるなんて、イケメンは凄いと思う。
「たっ、大変お待たせ、しました!遅くなって……ごめんなさい、でした。ワンドリンクのホットコーヒーをお持ち致してきました!」
さっきの店員さんとは違う店員さんが扉を開けた瞬間、ノワールは私の両腕をするりと抜けだし、脱兎の如く退室した。セバスチャンさんは、切ない表情で、ノワールを目線で追っていた。店員さんは、猫のことは気にも留めずに、というかそんな余裕もないといった様子で話し続ける。まだあどけなさの残る男の子で、敬語が明らかに怪しい。きっとまだ高校生かそこらなのだろう。私も、初めてバイトしたときは、他の人にこんな風に見られてたのかな、なんて少ししみじみとした瞬間。
「えっと、このコーヒー、は……彼氏さんでよかったですか!?」
ちょっ、店員!
「はい、こちらへお願いします。」
「えぇ!?」
思わず、大声を挙げてしまう。からかっているのか、セバスチャンさんはニコニコとした笑みを張り付けている。私はくすぐったいような焦るような何とも言えない気分のまま、口を無意味にパクパクさせるしかなかった。
店員は、私のリアクションなど全く視界に入らないようで、セバスチャンさんの近くのテーブルにコーヒーを置こうと歩みを進めた瞬間。
「うあっ!?」
店員さんは、私の近くに転がっていたオモチャのボールに全く気付かず、思いっきりボールを踏んづけた。
宙を舞う店員。次に舞うのはお盆。それよりもさらに高く宙を舞う熱々のホットコーヒー。私の眼に映ったのは、空中に浮かぶコーヒーカップのシルエットだった。