第4章 第4話
「犬はあまり。」
――――は?
「私は、犬はあまり好みません。私が見つめていたのは猫です。」
『猫』という言葉がやたらと強く発せられたところを見るに、ここが彼のこだわりポイントなのだろう。相槌を打とうとしたが、完全に間に合わなかった。
「猫は良い。ええ。猫は良い。」
二回言った?
「しなやかな骨格、美しい毛並みに色艶。瞳には名だたる職人が技巧をこらしたかのような繊細な文様が見て取れます。さらに耳は優美なラインを描いています。読み切れない尻尾の動きは、見る者の心を動かし、捉えて決して離しはしません。そして何よりも、手です。」
猫に手は無いのではなかろうか?
「猫の手は良い。柔らかく、この世でも数少ない希少な至福と計り知れない癒しをもたらします。」
ここまで短時間に、ここまで猫の良さを能弁に語れる人間は、そういないのではないかと思う以上に、セバスチャンさんはどこか別の世界を見るような瞳で猫を語り続けている。外国の猫と日本に昔からいる猫の違い等と言った蘊蓄(うんちく)も語り始めたが、内容がマニアック過ぎて私には全くついていけなかった。そのうち猫語りに満足したのか、軽く溜め息を吐いて、私に視線を戻してくれた。良かった。その視線にもう先程のような鋭さは無い。それにしても、いつもポーカーフェイスな人がその内面を覗かせてくれるというのは、どこか嬉しいものだなと思ってしまう。
「すみません。つい熱くなり過ぎてしまいました。」
「いえ、別に、大丈夫ですよ。それに、よく分かりませんでしたけど、セバスチャンさんのお話は内容が濃くて、いつも面白いですし。流石に今回はちょっとマニアックでしたけど。」
「申し訳ありません。以後は気をつけます。」