第4章 第4話
セバスチャンさんが席を立とうとしたのを見て、慌てて自分のティーカップを手に取り、残ったお茶を一気に流し込む。すっかり冷えていた上に、何のお茶かも分からなかったけれど、口の中いっぱいに紅茶の香りが広がった。でも、紅茶の残り香を味わっている場合ではない。今までの反省を活かし、セバスチャンさんがレジで支払いを済ませてしまう前に、せめて自分の分だけでも払わなければ。許せない人間にも罪が溜まるのかもしれないが、自分が受けたサービスの代金を払い続けないことも、罪が溜まるのではないだろうか。マナー違反だと思うが、セバスチャンさんを軽く追い抜き、少し早足でレジに向かう。
「結衣さん!」
セバスチャンさんが呼びとめる声を背中で聞いたが、何度も奢られるのは、理由はどうあれ良くない。ここは心を鬼にしてセバスチャンさんの声なんて聞こえないふりで、心持ち気合を込めてレジの人に話しかける。
「お会計をお願いします!」
「かしこまりました。お客様、伝票の提示をお願い致します。」
言われて、しまったと思ったが時既に遅し。伝票のことなんて完全に忘れていた。恥ずかしいが伝票を取りに戻るしかない。それも、さっき軽く追い抜かしたセバスチャンさんの近くを往復二回も通らなければいけないなんて、なんて格好悪いんだろう……。でも、自分が悪いのだから仕方が無い。
「すみません、伝票を忘」
「ここからお願いします。彼女と二人分です。」
背後から、今一番聞きたくない声が聞こえた。振り返らなくても分かる。いや、もう振り返ってなるものか。その声は、誰が聞いても分かるぐらいに……。……笑いをこらえていた。
伝票が挟まれた小さなバインダーには、千円札が挟まれており、店員はセバスチャンさんからバインダーごと受け取り、手早く会計を済ませた。そして、私はセバスチャンさんと店員に挟まれるようにして突っ立っているうちに、お釣りのやり取りまでが終わってしまった。