第3章 第3話
「え、何これ?」
「どうしました?」
「『プレミアム』?」
庶民の私には縁の無い言葉に、ついつい反応してしまう。「半額」や「割引」の印字されたものを手にすることはあっても、「プレミアム」や「ロイヤル」などといったものは、ほとんど手にすることが無い。そこには確固たる境界線があり、そこを自力で超えることはかなり難しいものなのだ。
「ええ。ここの映画館の最奥の四部屋は、プレミアムルームになっています。一般の部屋と違って座席数が少なく、足を伸ばしながらゆったりと映画鑑賞ができますよ。」
「ふ、ふーん……。」
この映画館に、そんな設備があることなんて知らなかったし、当然入ったことも無い。でも、『プレミアム』という何だか上等な響きに、心動かされる気持ちがしないでもない。
「さて、上映時間まであと二十分ほどありますが……」
セバスチャンさんは、ちらりと私を見る。目が合ったことに、不覚にもドキリとしてしまう。これだけ容姿端麗でやること為すこと完璧なのだから、ある意味ではドキリとしない方が不思議なのかもしれないけれど、それだけ私とは住む世界が違うということなのだから、そこは弁えないと。
「劇場が気になるようでしたら、先に入ってみますか?」
どうやら、私の単純な思考回路ぐらい、セバスチャンさんにかかればお見通しのようだった。
劇場は、上演時間外だからか、まだまだ明るかった。温かみのあるオレンジっぽいライトに照らされた、上質なワインレッドの座席が、いかにも自らの高級さを主張していた。それも、私が予想していたよりも明らかに大きな座席で、これはもはやマッサージチェアか何かかと問いたくなるような見た目だった。それに、座席が二つずつペアになって配置されており、全く窮屈な感じを与えないようになっていた。部屋も、座席に合わせたほどよい広さで、寛げる広さだった。こんなに高級感あふれる場所で映画を見られるなんて、庶民の私は一生涯のうちでも、今日だけだろうと思う。……ん?高級?
ここまで、感動に浸るあまり気付かなかったが、この座席、相当にお高いのではないだろうか。そこに思考が至った瞬間、私の背筋は凍った。財布の中身を思い返した後で、慌ててチケットを確認したが、幸か不幸か、値段の印字は無かった。