第3章 第3話
「結衣さん?どうしました?」
笑いが収まったらしいセバスチャンさんが、わずかに視線をこちらに向けた。
「えっと……。」
思ったことを言ってしまってもいいのだろうか?でも、ほぼ初対面で思ったことを言うのはマナー違反だと思い、引っ込める、
「いえ、やっぱり何でもありません。」
つとめて落ち着いた口調で話す。
「そう言われると気になりますね。言ってください。」
何だろう。この圧力。口が勝手に動き出しそう、というよりは自白したくなるような衝動を抑えて、別のことを口にする。
「いやぁ、今日の映画って、どんな話なのかなーって……。」
「……。」
セバスチャンさんは、前を向いたままだけど、無言でオーラを発し始めている。どうしよう。運悪く、赤信号にも引っかかってしまい、その紅茶色の瞳が、私に容赦なく向けられる。
「私には言えないことなのですか?」
口の端を吊り上げ、余裕を含んだ笑みを見せるセバスチャンさん。何というか、色っぽい。この視線に落ちない女性は、きっと世界中どこを探してもいないだろうとすら思えるほど。
「えっと、その……。」
恋に落ちるかどうかは別にして、私はこの追及から逃れられないことは早々に悟った。何というか、逆らえない何かを感じる。
「怒りませんか?」
「怒りませんよ。滅多なことでは。」
……。滅多なことがあれば怒るということになるが、これ以上の圧力に耐えるだけの精神力の無い私は、自白を決意した。怒らせてしまったら、このまま帰ろう。
「い、いや、あのですね。はじめて、セバスチャンさんの作り笑い以外の笑顔を見たなー、とか……」
また、セバスチャンさんから、一瞬だけ笑みが消えた。というか、さっきから何なのだろう。この空気の重さは……。
「あ、すみません!ほとんど初対面なのに、私ってば何言ってるんでしょうね~!そう、知ったような口利く女って、ほんっと嫌われますよね!こんなんだから、私みたいな……」
「いえ。他人をよく見ていますね。」
「え?」
前を見て運転するセバスチャンさんの顔から、いつもの貼りつけたような笑いが消え、代わりにその瞳に少しの興味の色が映っていた。どうやら、少なくとも怒ってはいないようだ。ついでに、先ほどまで車内を支配していた空気の重さもなくなった。