第2章 鬼ヶ里
朝、6時30分
遠慮がちに鳴る目覚ましに起こされた神無は、布団から出て、部屋を見渡し、葉月を捉える。
葉月はこちらの視線に気付き、振り返った。
「おはよう」
カーテンにより遮られた太陽の光を浴び、優しく微笑む彼女は、神無が起きるよりもずっと前に目を覚ましていたようだ。
「神無、誕生日おめでとう」
葉月は神無にそう言って立ち上がった。
「ありがとう、葉月も誕生日おめでとう」
そう、今日、9月1日は神無、葉月の誕生日。
そして、今日から神無が通う学校の2学期が始まる日。
立ち上がった葉月は、泥酔状態の母親の横を足早に通って、台所に行き、1日交代のご飯作りを始める。
神無は台所の方から水音が聞こえ出すと、布団をたたみ、押入れに片付け、たんすから制服を取り出した。
神無の通っている高校の制服はセーラー服である。
夏服は襟のところとリボンが薄い灰色で、半袖と長袖の2種類あるが、神無はどんなに暑くても長袖しか着ない。
当たり前のように長袖を取り出し、袖を通した。
着替えが終わると、不意にアパートのドアを叩く音が聞こえた。
6時50分
なんとも早すぎる来客だ。もちろん、新聞は取ってないし、こんな時間に訪れる来客もいるはずがない。
ドアの前で立ち尽くす。
少しすると声が聞こえた。
「朝霧さん?朝霧神無さん?」
若い男の声だった。
名前を呼ばれたが、神無自身、その声の主を知らなかった。近所迷惑、それともこちらを気遣ってか、どこか遠慮がちなその声。
「朝霧さん?」
何度か名前を呼ばれ、意を決してドアへ向かう。
不意に後ろを振り返ると母親がこちらに背を向け、まだ深い眠りの真っ只中だった。
その背中は神無には拒絶してるようにも感じ、また、ドアへ視線を戻した。
鍵を開け、ドアを押すと、声音通りの若い男が立っていた。
おそらく神無とほぼ同い年だろう。肩の辺りまである髪の毛をかきあげて、丸く、薄い眼鏡を中指で押す。
「まだ寝てるんかと思いましたわ」
ドアの前に立つ関西弁のその男は神無を見て安心するように胸を撫で下ろした。
「どなた……ですか?」