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光城の月

第3章 濡れ衣大明神









───────────え…今なんて…


久しぶりに誰かが私の名前を呼ぶのを聞いて、思わず口をあんぐりと開けてしまう。
私の口元から手を離したその人は、呆然とする私を見ながら「うーん」と唸りながら腕を組んで何かを考える素振りをする。

そして、尻餅をついたままの私に手を差し伸べると、にっこりと笑った。







「そろそろ落ち着いた?」


どこから持って来たのかわからない甘い味の紅茶を口をつけながら、座布団に座る彼を見る。
落ち着いたというか、達観してるというか、もう頭の中では放心状態というか。

これから目の前の彼に何を言われても、どんな常識外れな事象でも受け入れられる気がしていた。
というか、私は自分でこの世界は”過去”でありタイムスリップしたのだと結論付けていたのだし、今更感が強いのだけど…



「……私、もう戻れないんでしょうか」


核心にも似た質問を突拍子もなく告げると、彼はもっと甘そうな匂いの紅茶を机に置いてまたさっきと同じように「うーん」と、考える素振りをした。
この人、相当性格悪いな。

そんなこと、今はどうでもいいのだ。
彼が私の本名を知っているのはどう考えてもおかしい。

私はこの世界に来て、阿古さんと入れ替わっていることを誰にも話したことがないのだから。
この家で何度か疑われたことはあったけど、そんなこと皆夢物語だって、本気で信じてる人なんていないはず。


────────この人、もしかしたら私がここに来た”理由”を知ってるんじゃないか?




「…結論から言うと、不可能ではない」

「!」

「けど、多分無理じゃないかな」




─────グサッ、何かが喉を突き刺したように体に痛みが走る。

こんなどこのだれともわからない人のことを信じているわけではない。
けれど、私が阿古さんではないと当てて、尚且つ私の事情を知っているこの世界で唯一の「味方」かもしれない人物からそうやってはっきりと言われると、なかなかに気が遠くなった。

(無理…なのか。そうか)



「じゃあ、なんで私はここに───」

「ね、そんなことよりさ、もっとよく顔を見せてよ」



グッ、

といきなり距離を詰められて、話が飛躍し過ぎだろとツッコむこともままならないままその嫌に整った顔が私の瞳に映りこんだ。




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