第2章 きっかけは甘い香りと共に。
それから数日後。
「ごめんくださーい。
どなたかいらっしゃいますかー??」
市松家に声が響いた。
若い女性の声である。
「ん?誰か…」
来たみたいだ、と続こうとしたコックリさんの
声に被り
「はーい!はいはい!いまーす!」
『若い女性の声』に反応した信楽が
ごろ寝していた体勢から飛び起き
駆け出していく。
「…他の時も、あれくらい動いてくれればな……。」
呆れ交じりのため息をついたコックリさんも
繕いものを置いて、よっこいしょ、と立ち上がる。
ご老体は大変ですね。
「ご老体言うな!」
ツッコミに忙しいコックリさんより先に
玄関にたどり着いた信楽を待っていたのは
(ぺこり。)
手に小さな箱を下げた、先日花見で
一緒になった桜香だった。
信楽を目にし、頭を下げる娘。
「あの、先日はどうもお世話になりました。」
「なになに、おじさんにあいにきてくれたの?」
再び頭を下げる桜香に開口一番、
安定のナンパモードの狸です。
そんな様子に、やっぱりため息をつき
「…違います。まあ、皆さんにお会いにきた、と
いう意味では、完全に違う訳でも
ないかもしれませんが。」
と、ここでコックリさんも到着。
「アレ?あんたこの間の…。」
桜香を見ると、即座に先日の
お花見が思い出された様子。
よかったね、身体はご老体でも
頭はご老体じゃなくて。
「頭も身体もご老体じゃないやい!」
コックリさんは半泣きです。
「どうした、おじいちゃん。」
「だから、おじいちゃんじゃないって
言ってるだろうがー!」
その後もぎゃあぎゃあと騒ぐ二人。
娘の目の前で始まる漫才。
暫し、呆気にとられていた桜香だったが
「ぷっ…あはは!ちょっ…!」
突然大笑いし始めた。
しまいにはしゃがみ込み、まだ笑っている。
今度は、二人が呆気にとられる番だった。
ひとしきり笑った後は、笑いすぎたのか
むせ込んでいる桜香。
「お、おい。大丈夫か…?」
声をかけられれば、目の端にたまった
涙を拭いながら二人を見上げ
「すみません…ふぅ。あー、笑いつかれた。
…あの時はお酒が入ってるからかと思ったんですけど
普段から、そんな感じなんですね。」
「まあ、信楽はいつも呑んでるしな…」
「酒は俺の命の水だ!」