第2章 悪者トロイメライ
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やはりと言うべきか家の中に両親はいなかった。 共働きの家庭のため、両親は日曜日以外夜まで帰って来ない。
「お邪魔しまーす」
ルカは慣れた様子で、の家に上がり込み陽気に声を出した。
「もとうとう寮入りかー。 今度はいつ帰ってくんの?」
「……ちゃんと次の長期休みには帰ってくるよ」
「そっか。 じゃあまた暫くバイバイだなあ」
の部屋に入ると、ルカは胡座をかいて溜息を吐いた。 はキャリーバッグを棚から引っ張り出してきて適当に服を突っ込んでいる。
「ルカ、モデルの仕事楽しい?」
「んー……まあまあかな。 カメラマン怖えし」
「どんな人?」
「やたらセクシーなポーズさせたがるんだよ」
「なあにそれ」
キャリーバッグにはどんどん服やアクセサリーが詰まっていく。
ルカは楽しそうに最近自分にあったことや、仕事の愚痴や対人関係のことをに話す。
は時折質問をしたり、笑ったりして相槌をうっていた。
「ルカは面白いねえ」
がふにゃりと笑ってみせると、ルカは顔を赤らめて頬を搔いた。
「知ってるよ、そんなん」
そう言いながらルカは自分の手首から銀色のブレスレットを外した。
小さな十字架が連なったそれなりに値の張るブランドだといって前からルカが自慢していた。
「……あげる」
差し出されたシルバーのブレスレットが得意げにキラリと光った。
「? これ、ルカのお気に入りでしょ?」
「いーのいーの! 何かそういう気分になったから、あげる!」
それは強引にの手首へとハメられ、ルカはにっと白い歯を見せて笑う。
「あ……ありがとう」
ブレスレットを見つめながらはどこか嬉しそうに口をきゅ、と結んで控えめに笑った。
ルカはそれを見て頬を赤らめてはの頭を撫で回した。
「いーんだよ。 お礼なんて」
このぶっきらぼうな優しさが今のにはとても心地がいいものであった。
明日からの大きすぎる期待や、その裏に隠れた緊張を忘れた数時間はあっという間に過ぎていき、アンカトルロッチ郊外は夜に包まれていった。