第3章 悔しい
「ごめん」
水戸部が顔をあげてこっちを見る。……やっぱり、微妙な顔。
「あたしんとこも、なの。……今、ギリギリ」
今度はあたしが下を向く番。
「なんか、あたしらの代だけだったらやっぱ、切磋琢磨も限界? なんだろうね。二年の下手なのより、一年の上手いのがいて当たり前なんだなって、……忘れてたんだろうな」
誠凛は新設校だ。だから、あたし達が一番最初の誠凛生。先輩という壁であり目標がないことを、心の底ではラッキー、くらいに考えていた。けど。
「わかってるんだ。上手い方がレギュラー、スタメン。それでチームが勝てば嬉しい。いや実際嬉しいよ? でも、やっぱりさ」
やっぱり。
「“あたしが”、勝ちたいよ……」
ぎゅ、と手首を強く握り締める。思い出すのは夏の大会。終わってしまったそれは、まあそれなりの成績だったけれど、そんなことより何度かスタメンから外されて、代わりに一年生の名前が呼ばれたことへの悔しさが、じりじりと首筋に嫌な火傷を残していた。
ふ、と空気が涼しくなった。風が通ったのかとも思ったけれどそういうわけでもなく、ふいに重さだけが霧散した。なんだろうと顔をあげると同時に、背中に軽い熱が叩かれた。
「……水戸部」
隣を見ると、距離はそのまま、彼の手だけが伸ばされて、あたしの背中を軽く叩いていた。……微妙じゃない、笑顔で。
その顔を見て、あ、違うな。と、思う。あたしのもやもやした悔しさと、水戸部の抱える悔しさは、少しだけ違うんだな、と理解した。でも、近い。だからあたしが吐き出した言葉が、多少なりとも彼の悔しさを軽くできたかな、とは、希望なんだけど。
「……っへ、」
笑おうとして、変な声が出た。いや流石に、恥ずかしい。
「ありがと水戸部。あと、ごめん。あたし頑張るわ」
だから、と立ち上がって。
「あんたも頑張ってよ。じゃあね」
反応は見ずに、駆け去る。身体はすっかり冷えてしまって、また走り込まないと使い物にならなさそうだ。だけど喉の奥から心臓を締め付ける熱は、あたしをどこまでも走らせるみたいだった。
背中に貼り付けられた、熱と一緒に。