第10章 愛嬌もの
「ほーらーっ、絵夢早くしてー」
入浴を終え、浴室から脱衣所のドアを開けると、その音を耳にした彼がリビングから私を呼ぶ。
『待って待って!まだ服ちゃんと着れてないのっ。』
「…別に俺はそのままでもいいけど。」
『え?何ー?もうちょっと大きくー!』
「何でもないから早くー」
彼の手にはおそらくドライヤーが握られているのだろう。最近彼は私の髪の毛を乾かすのにはまっている。
何が楽しいかは知らないが、近頃は毎日私は髪を乾かしてもらっている。
『はい、お待たせ。』
「やっときた…。」
『女の子のお風呂の時間を急かすなんて、いい男がするもんじゃありません!』
「はいはい、座って。」
反論を軽く流す彼の前に腰を下ろす。彼は私の肩にかかっているバスタオルを取り、髪を拭き始める。
人に髪を拭いてもらうなど、子供の頃以来のため初めは少々ためらったが、案外いいものだ。
『あぁ、気持ちいいー。』
「ゴホッ…そ、そう…。」
彼が一瞬咳き込んで答える。頭を撫でられるのも、髪を梳かれるのも好きだが、これはまた違った良さがある。
『んー…なんか眠くなってくる。』
「寝ないでね…重くて運べないから。」
『なっ…!椎さ、なんか最近いじわるだよね。』
「そう…?最初と何も変わらないけど。」
変わらないところと言ったら、その強かな神経くらいだ。ここの生活に慣れたのはいいが、もう少しびくびくしていた頃の方が可愛げがあった。
『最初はあんなに泣き虫で可愛かったのに…。もう少し愛嬌振りまいてくれてもいいんじゃない?』
「な、泣いてない…!そんなこと言ったら…絵夢だってよく泣くじゃない…。」
言われてみれば、彼の前だとつい気が緩んで泣いてしまうことが多い。
別に彼のせいではない。仕事などで悩むとつい彼の前で泣き腫らしてしまうのだ。
『椎が最近いじわるだからなー、悲しいなー。』
_______________カチッ
「ごめん、ドライヤーの音で…何言ってるか聞こえない。」
このタイミング、絶対わざとだ。まぁ、こんな感じで最近は彼との間には穏やかな時間が流れていてる。
仕事帰りも、いっしょに帰宅するため以前よりもふたりでいる時間は長くなった。