第8章 強かもの〜葉月椎視点〜
『…絵夢、起きて…風邪ひいちゃう。』
「…んん…。」
優しく肩を揺らしてみるも、彼女は一向に目を覚まさない。しかし、大声を出したり、力尽くでゆすったりして、無理に起こすのはやはり不本意だ。
しばらく同じ方法で彼女を起こそうと試みたが結果は変わらない。そこでふと、新たな衝動に駆られる。
(…ほっぺ…柔らかそう…)
目の前にある彼女の頬は、少し赤みを帯びていて滑らかだ。これも起こすための手段だと、自分に言い聞かせ、彼女の頬に人差し指を向ける。
______ふにっ
感触は想像以上だった。白く滑らかな肌はとても柔らかく、しかしその中にも弾力がある。
彼女が特別、肌の手入れをしているところを見たことがないが、女性とは皆こんなものなのだろうか。他人とあまり接してこなかった自分には、よくわからない。
『昨日の…クリスマス、楽しかった…?』
不意に、人との関わりが少ない自分と彼女を比べてしまった。彼女は典型的な、人に好かれる人種だ。
性格も穏やかで、誰にでも別け隔てなく接する。それに加えて、小柄で可愛らしい容姿をしている。
そんな彼女が、自分の知らない世界でいったいどんな人たちと触れ合っているのか、どうしても気になってしまう。
『お仕事…楽しい?仕事場には、どんな人がいるの…?』
答えなど返ってこないのに、胸に溜め込んだ問いかけを、吐き出さずにはいられない。
自分は一日の大半をこの家の中で過ごす。彼女の出勤日は彼女といっしょにいられる時間はほとんどない。
『どんな…お話、するの?いっしょに…帰ったり…するの?』
自分は居候している立場なのはわかっている。けれど、誰よりも彼女のそばにいたいし、誰よりも自分を見ていてほしいと思ってしまう。
迷惑はかけたくないが、自分を気にかけてほしい。そんな、矛盾した感情が胸の中を渦巻く。
『…好きな人とか…いるの?』
彼女がいくら人に好かれようと、それはとても喜ばしいことだ。けれど、彼女が誰かを好きだとしたら自分で自分をコントロールできなくなりそうで怖い。
自分には彼女しかいないのだ。自分のものになってほしいなどと、大それたことは言わない。だから、どうか自分から彼女をとりあげないでほしい。