第7章 偽りもの
数メートル先の角を曲がれば、私の住むアパートがある。もともと速かった歩調だが、ここにきてさらに速さを増す。
そしてやっと、曲がり角を曲がった。その時だ、ひとつ冷たい空気を吸い、帰路を急ぐ私の視界の中心に白い『彼』が映り込んだのは。
『えっ…?』
気のせいではない。自分に問いかけるまでもなく、その状況は明らかだ。しかし、もう夜も更けゆく時間だ。
なぜこんな時間に、この誰もいない道の真ん中に『彼』がいるのか。
『椎っ!!』
私はその白くて冷たい彼に駆け寄る。彼は、いつかと似たような虚ろな目で私を見つめる。
「良かった…無事で。おかえり…」
しかし、以前と違うのはその瞳の中に、はっきりと私が映りこんでいるという点だ。
彼は、大きな身体を小刻みに震わせながら、ぎこちない笑みを浮かべる。
『椎!なんで…っ!何してるの!』
彼の言葉で、おおよそ見当のついた私はどうしていいかわからず、座り込んでいる彼の頭の雪を払いながら咎めるように問いかけをぶつける。
「…俺、絵夢が…心配で。駅の周りとか…探し回ったけど、見つからなくて…。」
必死に言葉を絞り出す彼の前髪は、汗のせいか雪のせいか額にはりついていた。
『なんで私なんか…探すの!今日は遅いって言ったじゃない!!ひとりでも…大丈夫って言ったじゃない!!…』
こんな時、心配してくれた彼に、ありがとうのひとつも言えない自分は、なんてかわいくないのだろう。
彼の思いやりは十分に伝わってくる。けれど、自分の身体を顧みない彼への苛立ちがどうしても勝ってしまう。
『私はただの同居人でしょっ…椎がこんなになってまで探すことないっ!もっと自分のことを考えて!!私だって、椎のことなんか…椎、なんか…』
どうして彼はこんなに優しいのだろう。どうせなら、もっと素っ気なく突き放してくれればただの同居人だと割り切れるのに。
けれど、きっと私がどんなに身勝手でも、どんなにきつく当たっても彼は私に優しく接する。確信がある。
______ギュッ
椎が震える腕で、私を引く。あぁ、いつぶりだろうか、彼に触れたのは。
こんな冬空の下でも、彼の腕の中は暖かい。私の頬に触れた、雪のように真っ白な髪は少し濡れていて冷たい。