第6章 なにもの
彼が我が家にきてから数週間が過ぎた。相変わらず彼は働き者で、以前手帳に記してあった過密スケジュールを毎日こなしているようだ。
今日は仕事が休みのため、私に特に予定はない。
「絵夢…ちょっと足あげて。」
『あ、はーい。』
彼はいつも通り、部屋の隅から隅まで掃除機をかけている。私はすることもなく暇なため、昼食後から彼を観察している。
私が休日の日くらい、彼も休めばいいのにという考えは彼には通用しない。とりあえず邪魔にならないようにソファの上に膝を抱えて座る。
(…これ毎日やってたら、家中ピカピカになるわけだ。)
彼が来てからというもの、家の中の埃は姿を消した。物は常に整理整頓され、窓は透明そのもので外との境目をまるで感じさせない。
唯一そのままの状態で残っている場所と言えば、寝室兼仕事部屋の、まぁ言ってしまえば私の引きこもり部屋くらいだ。
「ふふふーん、ふんふん…♪」
(掃除の何が楽しいんだろう…。)
鼻歌を歌いながら、雑巾を絞る彼に疑念を抱く。エプロンにマスクに三角巾といった服装は彼のルームウェアとなりつつある。
掃除など面倒としか言いようがない私にとっては異様な光景に見えて仕方がない。
(暇…だな。)
自室にこもってもいいが、あいにく今日は特に仕事の資料も道具も持ち帰っていない。
______ツーっ
「ひああっ!!?」
『……っ!!』
彼の声につい体がはねた。いつもひっついてくる彼がこちらを見向きもしないため、少々構いたくなったのだ。
ちょっとした悪戯心で私が、目の前のテーブルを拭く彼の背中を人差し指で軽くなぞった結果が先ほどの悲鳴である。
「なっ…何するの!!?」
彼が顔を真っ赤にして振り返り、唇を尖らせたままこちらをジトッとした目つきで見つめる。
やはり彼は、反応が素直で面白い。そんな彼の姿に、私はつい口元を緩める。
『ごめんごめん、お掃除頑張ってくださいっ。』
そう告げて、もう彼の邪魔をしないようにと自室に戻る。特にすることもないが、適当に本でも読もうと思う。