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闇の底から

第1章 3月9日


「ちょ、悪かったってさ『おい拓真、凜泣かせてんじゃねーよ!』」高津さんはぶつくさと、誰が泣かせてんだか、と溜息混じりに横暴だと呟いた。
凜は名前で呼びかけられたことにより驚きのあまり涙が引っ込んだ。
「先生?いまなんて…『凜!おめでとう!』」
間抜けな声が漏れて玲さんに笑われた。先生も笑顔で
「ようこそ、S大医学部医学科へ!」と言ってくれている。ケータイをずいっと高津さんに向けられて画面を見た途端また心のダムが決壊した。

受かるとはこれっぽっちも思っていなかった。
志願者数前年比プラス45パーセントで成績上位者が他大学から流入してきて望みがさらに薄くなって浪人生活を送るつもりだった矢先の出来事なだけに、現実だとは思えなかった。

「ほんっと放っておけないなー。お前気をつけろよ?つけ込まれんなよな。」東條先生に言われてまた涙が溢れた。玲さんと微笑みを交わす先生を見てると先生の隣に相応しいのは玲さんただ一人で、勝てないのがはっきりと分かる。ゴールインする2人なんだろうなという検討もつく。神様は不公平だ。でも、身の丈にあう幸せしか手に入らないという意味ではある意味公平にシアワセというものを分配しているのかもしれない。

「先生こそ」最後くらい笑顔でいたい。その意識だけで涙でぐちゃぐちゃの顔を拭って精一杯笑う。
「玲さんのことを大事にして…二人で幸せな日々をずっと送っていって…ください。」
唇が震えてきた。情けないことにしゃっくりまで出てきた。
面会時間の終了を告げに来た看護師さんにもおめでとう、と声をかけてもらった。
三人はまた来るね、じゃあなまた明日、真剣に彼女のこと考えといてよ?とめいめいに言い残して退室して行った。

午後8時。いつもならここから4時間は起きているが色々とあったせいか、全身から力が抜けて身体がベッドに沈み込む。

初恋だけでなく二回目の恋も実らず砕けた。溢れた愛は赤い色をしていて、立ち止まる私の足元に水溜まりを形成する。足を踏み出す度に点々と道を作っていく。こんなに好きになれる人なんていない。あの笑顔に鷲掴みにされた私の心は今や機能しない。恋をするオンナは綺麗になる。綺麗になれなかった私はニセモノなのか。

思考は深い闇の底を目指して潜っていく。
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