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糸車 2

第1章 水泡


小さく音を立てて僕の部屋の襖が叩かれた。
この叩き方は、おそらく女だ。
心当たりは、一人しかいなかった。

…彼女か?

改めて謝りに来たのだろうか。
僕が彼女に怒鳴ってから、だいぶ時間がたっている。
きっと、もう精神は安定している。
今なら、先ほどのようなことになることもないだろう。


「入りたまえ。」


そう言うと、そっと襖が開かれる。

そこにいたのは、彼女ではなかった。
顔は見たことあるが、名は知らない。
もともと僕の侍女は彼女だけだった。
おそらく大勢いる秀吉の侍女の一人だろう。


「竹中さま、失礼いたします。
夕餉のお時間ですので、お持ちいたしました。」

そうか。もう夜か。

「ああ、感謝するよ。」

彼女はどうしたのだろう。
僕を恐れて来ないのだろうか。
夕餉を並べていく侍女を見ながら考えた。
そんな僕の視線を感じたのだろうか、侍女がこちらを見る。

「竹中さま付きの侍女が、気がかりでございますか?」

「ああ…まあ。」

侍女が困った様に微笑する。

「私は、彼女と同室のものでございます。
彼女は少々取り乱しておりまして…先ほどまでなだめていたのです。」

彼女と同室ということは、彼女の状態を知っているということか。

「今の彼女は、どうなんだい?」

「だいぶ落ち着いたとは思うのですが…わかりません。」

「…わからない、とはどういうことだい?」

侍女がため息をつく。

「私には…わからないのです。
あんな彼女を、初めて見ました。
短くない間、彼女とは一緒におりますが…」

「そうか…。」

「今は休ませております。
なんとか会話は出来ますが、私から彼女にお伝えすることはございますか?」

そんな精神状態なら、原因の僕はきっと何も言わないほうがいいだろう。

「いいや、何もない。
彼女のことは、頼んだよ。」

わかりました、と言って、侍女は部屋を出て行った。
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