第34章 昏睡による覚醒より
勝手に動かされるのは、生物以外の、“物”だけ。
人間――つまり“生物”は移動作用の対象外で、勝手に動かされない。
つまり、東京から急にアマゾン川流域に動かされるような、“失踪”じみたものはない。
動物も同じ。
急に、砂漠にホッキョクグマが現れるようなことは、ない。
ただし、砂漠に浮き輪が現れるようなことは、ある。浮き輪は“物”だからだ。
「消失点の付近には、動物が近寄らないんです。なにかを感知しているみたいに」
わざわざ好き好んで消失点に踏み込んで、移動しちゃうような物好き生物は、人間だけってこと?
「“物”と、任意の人間だけに移動作用が働く、ということですか?」
「そうなります。現在、消失点および再帰点が確認されているエリアは政府管理下にあり、立ち入り禁止になっています。ほとんどの国で同じようなルールが設けられました」
そりゃそうだ。
「放射能だとか、頭がやられる電磁波が出てるとか――」
そんな声とともに部屋に入ってきたのは、いかめしい碧眼。
その手のトレーには――ホットサンドのような軽食と、真っ白なクリームと苺がのった、クーヘン!
そういや、時計は3時近くを指している。おやつの時間か! 手作りか!!
「そのような話が出回り、マトモな人間は近寄らなくなってるんだ」
「わー! すっごくおいしそうです!」
「……今の話、聞いていたか?」
呆れたようにルートが嘆息する。
しかし、その口元には小さく笑みが浮かんでいた。
きっと隣の菊も、同じように目を輝かせているのだろう。
私たちはおやつにありつくことにした。
菊の話はまだまだ続いたが、把握しきれないため、携帯のメモに書き残しておくこととする。