第1章 セフン
角を曲がると、セフンがいた。路肩にバイクを停めて、細い足を投げ出して腰掛けている。
思わず足を止めて固まる私にいち早く気づいた彼は、ひらひらと手を振る。
「はぁ…。」
思わずため息をつく。
知らん顔して通り過ぎようと歩き出すと、身軽にバイクから飛び降りて私の前に立ち通せんぼした。
背の高い彼の顔を見上げることもなく言った。
「通して」
何も言わないセフンを避けて家に向かって歩き出すと、後ろから呼び止められた。
「……ヌナ…待って」
足を止めることはなかった。
逃げるように早足になる自分が不甲斐ない。
何故こんなに心がざわつくんだろう。
セフンとは仕事で関わったのがキッカケで知り合い、なぜだか私のことを気に入ったようだった。
出会った頃に、訊かれた。
「ヌナって、恥ずかしがりやさん?」
「え、どうして?」
「ほら、目を見て話すのが苦手そうだから」
人と接することが苦手なのを隠して、社交的に振舞っていたつもりだった。
他人の目を見て話すのが不得意なのも自覚していた。
だからあえて意識して、それを隠していたのに。
誰からも見破られたことがなかったのに。
彼は仕事の中でも末っ子で周りに甘えている素振りが目立っていたけど、実は観察力が鋭くて心が優しい人なんだな、と思った。
日を追うごとに彼は私に対する気持ちをぶつけてくるようになった。
そして二ヶ月前に、面と向かって告白された。
だけど私には、彼の気持ちに応えられない理由があった。
私には忘れられない恋人がいた。
三年付き合って別れた彼氏との最後は、お互いの仕事の都合もあり、連絡する回数、会う回数が減って抱かれることもなくなっていた。
でも私は彼との三年間が大切だった。
思い出が私を雁字搦めにしていた。
セフンには正直に話した。
すると彼は、こう言った。
「僕にしませんか」
真剣に言われても、所詮20歳そこそこの坊やにしか見えなかった。
それなのに、その場を離れるときに、彼の目を見ることができなかったことに気づいた。
子供にしか見えないのに。
なんでこんなに心がもやもやするんだろう。