第5章 ++何を思っていたのだろう++
「この事は他言無用だ。アレスには、アタシから直接話をしよう。ガイには…事後承諾という形で話を持っていくしかないだろうな」
事前にガイの耳に入ろうものなら、嵐が吹き荒れるに違いない。
夫婦間の不和は、妊娠継続すら怪しくさせるのだ。無事に出産が終わるまでは、穏便に事を運ばなければならない。
「悪いようにはさせない…だからテンテンは、アレスとその子を守ってやって欲しい」
「…それがアレスの為なんですよね…」
「あぁ」
部屋の中に、蝉の鳴き声が染み渡る。
テンテンは床に滴り落ちた自身の汗を見つめ、意を決し顔を上げる。
「分かりました。その役目、お受けいたします」
「宜しく頼むぞ、テンテン」
そうしてテンテンは、深く頭を下げて執務室を後にした。
粘るような風が、肌に纏わりつく。
頬に張り付く髪を払いながら、綱手は疲れたように溜め息をついた。
テンテンはガイの教え子であり、よき理解者だ。ガイが妻をどれだけ大事にしているか、間近で見ているであろう。
彼女に、師を裏切るような真似をさせるのは酷かも知れない。
「しかし…あの娘は感が鋭いからな」
テンテンであれば、身近にいてもおかしくない人物だ。それであっても、気付く可能性の方が大きい。
「アレスが里に忠義を見せてくれれば良いのだが…」
再度溜め息をこぼすと、綱手は戦渦に巻き込まれようとするアレスの未来に幸を願うしかなかった。
───これは、
時代が力を必要とした話。