第4章 朱を眺めて考える
「ー!」
誰かが、何か叫んでる。
「ーぃ、ー!」
段々近付いてくる。でも、まだ聞き取れない。
「ぉい、…おい、ー!」
この声、バンだ。誰を呼んでるんだろう?
「ちくしょ、まだか…おい!ルシウス!!」
…え?私?
…目の前が明るくなった。私は今、どんな状況なのかを考える。
私は覆い被さるようにバンの肩を押さえつけている。手には力が入っていてバンの骨はみしみしと音を立てている。かなりの傷があり、全て血が出てきていた。バンは苦悶の表情を浮かべている。
「…バン?」
「…ルシウス?ルシウスなんだな?」
「え、あ…私は…」
「随分と大胆な襲い方だな…♪とりあえず肩から手を離してくれね?」
「あ、ごめん…」
訳も分からないまま私はバンから離れた。意味が分からない。私は、ルシウス・ワンナイトは、バンに何をしたんだろうか。
自分の両手を見る。爪の間に皮膚と肉と血がこびりついている。
「ねぇ、バン?朝の生傷って…もしかしなくても私が付けたの?」
「…。」
「この前も言ったよね?なんか、傷が多くない?って。あれもだったの?」
「…ルシウス。」
ふわりとバンが抱き締める。でも、今はときめくなんて余裕はなくて。自分は何処まで彼を傷付けたのかをただひたすら考えていた。
「…大丈夫だ。別に痛くねぇよ♪」
「…嘘つくな。」
さっきまで痛がってたじゃん。そういって笑ってみせると、違いねぇな。なんて笑ってくれた。
…そのあと、バンはかなり疲れたのかぐっすり寝てしまった。私は寝床から抜け出した。
思えば最近、夜の記憶が全く無かった。いつ寝床に入ったかなんて、全然覚えてない。
考えればわかることだった。バンに毎日傷をつけるなんて、私しか出来ない。目が覚める前に見たのは、闇だった。果てしない、闇。
「すっかり、人間だった気分でいたんだけど…忘れてたかも。」
自分は、人間だけど、人間じゃない。これ以上、バンを傷付けたくはない。バンも傷つけられる筋合いはない。
バンも私も傷付かない。その方法は考える限り1つしか思い付かなくて。
「バンが傷付いてる所とか、見たくないな…じゃね、バン。」
そっと、静かにその場を離れていく。たしか、妖精が守ってる神木があるんだっけ。
一歩ずつ遠ざかる中、お父さんとの別れを思い出していた。胸が痛かった。