第2章 トリッキィヴィッキィ【グレル/微甘】
ピンクもオレンジも、もちろんそれより派手なレッドも避けてきた。化粧品はベージュかいわゆるヌードピンクばかり、グレルさんが言うように『ド地味』な色ばかり使っている。
赤色は好きだったけれど、自分には不相応な色だと思っていた。地味で大人しくて、人の陰に隠れがちな私には。
けれど鏡の中の自分の唇は、禁じてきた赤色を纏いながら、違和感も滑稽さも感じさせずにただそこにあって、間抜けに薄く開いていた。
「やーっぱり! アタシの見立て通りダワ……! アンタこの色使うと肌白く見えるわヨ、分かるデショ?」
無言でかくかくと頷くと、私は半ば呆けたような声で
「ありがとうございます、グレルさん……」
と、言った。
「イイの! 化粧品たーっくさん貰っちゃったし、これでチャラよ」
紙袋を抱えて笑うグレルさん。そういえば、と、私は先ほど抱いたささやかな疑問をぶつけてみる。
「……あの、どうして私の名前を……? まさか、庶務課全員の名前を憶えてる訳じゃ」
「ンな訳ないデショ。アンタよく書類届けに来てたじゃない。緊張しいで挨拶噛みっ噛みだったから覚えてただけヨ」
あちゃあ、まさか入局したての時の恥ずかしい様子で覚えられていたとは。
照れて俯いた私に、グレルさんは「でも、」と続けた。
「アタシ赤色が似合う女がイチバン好きなの。アンタ赤色似合うし、これからも覚えててあげるワ」
「……あ、ありがとうございます!」
「なぁに大声出して。じゃ、アタシはコレ貰って帰るから。アンタも早く帰んなさいヨ?」
紙袋を手にひらひらと去っていくグレルさんの背中は見事な赤色で、私はそれにぼうっと見とれながら唇に触れた。
これからは、せめてオフの時だけでも唇を赤くしよう。