第1章 Pr.人嫌いの狼少女
スキュータム社の運営する《楯山孤児院》に、彼女は暮らしていた。
名前は天音来。父親とその不倫相手との間に生まれた娘で、父親の離婚騒動のときに養育費などの関係で手放され、孤児院に住むことになった。
故に彼女は幼い頃から嘘を吐くことがどんなに悪いことで、一体どうなるかもわかっていた。だが、
彼女にとって嘘を吐くということは天性の才能で、そして、彼女のアイデンティティにもなっていた。
故に心の内では常に二律背反に苛まれ、いつ壊れてしまってもおかしくない状態にあった。
そうして、矢張り、当然、その日は来た。
確かに嘘を吐くのは悪いことで、嘘を吐きすぎた代償に、彼女はいじめを受けていた。
募り募った彼女の不安、不満、欺瞞、小学校六年間分のそれが、すべて、
壊れた。
自殺することを決めたのは、八月に入ってすぐ。
律儀だった彼女はなぜか夏休みの宿題をすべて済ませてから死ぬことにした。
それをすべて済ませ終わったのは、八月十四日の夜。
死ぬ場所は決めていた。
彼女はその日までに必死で下調べを行い、場所を突き止めていた。
自分を捨てた、父親と母親の住まうマンション。
幸運なことに、オートロックなどはかかっていない。
「私はあなたたちのせいで、世界に適応できなくなりました。だから、死にます」
マンションの屋上で、呟く。
聞く者はいない。呼び出すつもりもなかった。それで止められでもしたら面倒だから。
ミンミンゼミの鳴く、夏の暑い日。
八月十五日は、私の命日になる。
屋上のフェンスを越え、そっと飛び降りる。
不思議と恐怖も後悔もなかった。
(ああ、それだけちっぽけな人生だったんだろうな)