第94章 【矢巾 秀】恋に恋して
翌日から、教室で佐藤と矢巾が目を合わせることはなかった。
あっという間に佐藤が川崎の家へ招かれる日になり、矢巾は朝からいつも以上に佐藤を避けていた。
放課後、掃除当番の矢巾はじゃんけんで負け、焼却炉にゴミを持って行った。
教室に戻る所で、川崎を見かけ、グッと下唇を噛みながらズンズンと川崎の方へ向かって行った。
「えっ?今日ひろかちゃん来ないの?」
「あぁ・・なんかドタキャンくらった」
「お前の下心読み取ったんじゃね?」
アハハと笑い声を上げながら玄関へ向かって行く彼らを見て、矢巾は急いで教室へ戻った。
「どういうことだよ。ドタキャン?」
ガラガラと勢いよく教室のドアを開けるが、そこには誰ひとりクラスメイトはいなかった。矢巾は大きく息を吐いて、ゆっくり呼吸を整えながらゴミ箱を指定の位置に置いた。
「あいつ・・なんで・・」
佐藤の机に指をスーッとなぞりながらため息をつく矢巾。
部活の時間が近づいてきていることに気がついて、教室を出ようとカバンを持ち上げた。
「・・矢巾」
教室のドアにはすでに帰り仕度を終えている佐藤が立っていた。
「お前・・なんで。今日、川崎さんの家に行くんじゃなかったのかよ・・」
あぁ。と少し俯き加減で佐藤は矢巾の元に向かった。
「またドタキャンしちゃった・・」
「・・んだよ。何回目だよ・・」
うっさいなー!と頬を膨らませた佐藤を見て矢巾は吹き出しながら笑った。
「理香に言われたの。相手とキスする想像が出来たら、男の子として好きだって。川崎さんは想像出来なかった」
「・・川崎さんはって・・じゃぁ、俺は想像できたのかよ・・」
矢巾の言葉に佐藤は一気に頬を染めて背を向けた。
「・・おい!それ、期待すんだろっ!」
「やっ、矢巾とは・・まだ想像してない・・も・・ん・・」
どんどん声が小さくなっていく佐藤の肩を掴んで、矢巾は佐藤を自分の方へ向けた。
「じゃぁ、今想像しろよ」
「へっ・・そんな、無理・・」
矢巾はぐっと顔を近づけた。
佐藤は咄嗟に顔を逸らすが、両頬を手で包み込まれ再び矢巾と向かい合い、コツンとおでことおでこが触れ合った。