• テキストサイズ

【ハイキュー!!】青息吐息の恋時雨【短編集】

第15章 そよめきなりしひたむきなり(木葉秋紀)



大学受験の山場と言われる夏休みを目前にした教室内で、楽器を抱える彼の存在は極めて奇特であると言えたが、かといってそこには気紛れを演じる人間にしばしば見受けられる、本人だけは自身を疑おうとしない浮つき、いわゆる“痛い人間”の空気は片鱗もない。なぜならひとり外れた彼は場違いどころか、この空間を支配している張本人だからである。

その証拠に、カサつきのある間延びした声とチューニングの甘いギターの音を、勉強の邪魔だの弾き語りなんて気障だのと囃し立てる者は出てこない。彼によって奏でられる音楽は、偏差値や大学ブランドなんかに振り回されるなまえたちクラスメイトを、どこか遠くの外国の田舎道をのんびり進む、藁を目一杯積んだ荷馬車に揺られている気分にさせていた。

もちろん神経質で計画的なタイプの人間は既に自習の場を他へと移してしまっているという事実もあるが、なんにせよ、今、現在、ここ3年3組に居残っている”やるべきことを目の前にすると急に退屈に襲われる性質”を備えた男女は全員、このゆったりと弛緩していく空気の共有を心地よく思い、またその流れに身を置くことを自ら選んだ生徒たちである。


その中の1人であるみょうじなまえは、単語帳の試験範囲に付箋を貼る作業をしていた手を止めて、暫し彼の歌声に耳を傾けていた。そして考えていた。この人はこんなに、英語の発音が良かっただろうか、と。

彼女の記憶している限りの、授業中に教科書本文を読み上げる彼の英語は、お世辞にも流暢とは言いがたい出来のはずだった。なのにどういうわけだか、ここ10分ばかりの、その薄い唇の間から零れ出てくるフレーズは驚くほどに滑らかである。まるで文章・段落・文そして文節へとぶつ切りにして息の根の止まった単語1つ1つの、発音表記やアクセントの位置に執心している同窓生を、くだらないっスね、と言わんばかりに。



/ 363ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp