第15章 そよめきなりしひたむきなり(木葉秋紀)
スナフキンみたいね、と誰かが言った。ちょうど、木葉秋紀によって繰り返されているカントリー・ソングが、3度目のスタートを切った時だった。
スナフキン。スヌス・ムムリク。 ムーミン谷の、自由と孤独と音楽を愛する旅人。
その例えは他ならぬ、教室の後ろから3番目の窓。開け放たれたその枠の下に腰を寄りかからせて、アコースティックギターを弾いている木葉のことを茶化しているのだ。親愛と、少しばかりの賛辞を込めて。
誰かあいつのこと、窓から突き落としてやりなさいよ、と忍び笑う声を背中に受けて、みょうじなまえは5日後に迫った定期テストの試験範囲プリントから目を上げた。そのまま左の方を向く。彼女と木葉の間には、空いた机が2つ並んでいるだけだった。
3階からの青い空を背景に、金色の細い髪と半袖のワイシャツから伸びる腕。
身体の重心を真ん中から少しずらして、彼は試験も、時間も、焦燥からも一時的に離れた場所で、一人で歌を唄っている。涼しげな瞳はピックを持つ美しい指に向けられいて、両目にかかるほどに伸びた前髪は伏せた睫毛に憂いの一歩手前の影を落とした。
シンプルで、緩やかで、陽気さとある種の郷愁を感じさせる、糸がほどけるような洋楽。この放課後の教室に居残っている、歌い手を除く10人ばかりの生徒が誰ひとりとしてタイトルを口にすることができない、英語の曲。