第29章 隣の客は毛色が違う(天童覚)
「暇だ」天童がぽつりと言った。
「暇だね」と僕も答える。
僕たちのスマホは、手の届かない離れた位置に裏返しにして置かれている。スマホがないと、こんなにも何もできないのか、と僕は驚いてしまう。ゲームも音楽も楽しめない。
昔の人は、いったい何をして時間を潰していたんだ、と。
「ねぇ、もう脱出しようよ」
相変わらず眠りこけている梶井さんの様子を窺いながら、僕は言った。「僕たちちっとも反省しないし、このじいさんも反省させる気が皆無じゃないか。こういうのを形骸化って言うんだろ」
『2時間にしときましょうか』
僕らの罪状を聞いたとき、職員室でコーヒーをすすっていた梶井さんはそう言った。近所の医者が、『とりあえずお薬出しときましょうか』と言うみたいに。
忙しい体育教師の代わりとして見張り役の白羽の矢が立つのを見て、僕は思った。
このおじいさん、暇なんだ、と。
部活の顧問もしていなければ、クラスの担任も受け持っていない。暇なんだ。
むしろ惰眠を貪る間も給料発生ラッキー!と言った具合かもしれない。
「世の中理不尽だ」
僕は正座をしながら呻いた。「僕たちより重い罪を犯してる人間はたくさんいるのに」
「右に同じ」と天童が続く。「俺なんて、このあと鍛治くんからもしごかれるもん。不祥事起こした罰っつってさ。あーヤダヤダ」そして、お、と大きな猫目を開いた。「あのツガイ、今ちゅーした」
「カップルね」と僕は訂正した。
僕たちがぶーたれている間に、先程呪った男女の2人夏フェスはますます盛り上がりを見せていた。
男子生徒が何か囁きながら女子生徒の身体を揺すり、彼女の方も嫌々と身じろぎしながらも満更ではない顔をしている。僕はその男子生徒のド頭を照準器で狙う妄想をした。
「あれさぁ、」と横の天童が恍惚の表情で呟く。「駆け落ち愛だって」
「え」と僕は驚く。「そうなの?」