第29章 隣の客は毛色が違う(天童覚)
良くも悪くも、僕と天童は部活なんかでメンタルが鍛えられているので、怒鳴られるのには慣れていた。しかし、今日の先生の怒りようは半端なかった。
「未来ある若者が」とか、「親御さんに申し訳ないと思わないのか」とかなんとか、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。挙げ句、「なぜ誰も止めなかった」と他の生徒にも火の粉を撒く。
大袈裟な、と僕が呆れていると「違います、」と天童がサッと手をあげた。
「吸ってないデス」
なるほど、とポンと手を打ちそうになる。
僕たちはタバコを吸ったと勘違いされていた。
たしか先週、県内のとある高校の男子便所で、タバコの煙にスプリンクラーが反応した事件が起こった。喫煙をした生徒は受験生であったが、問答無用で停学処分になった、と、担任がHRで口にしていた記憶がある。
「嘘をつくな」先生が厳しい声で天童に迫る。
「嘘じゃないです」
「じゃあ何やってたんだ。言ってみろ」
「鍋です」
隣の席の友人が噴き出した。
見ると、口もとを手で押さえて俯いている。
「美顔豆乳鍋です」天童が真顔で追い討ちをかける。
ぐふっ、と後ろからも別の声が漏れた。
立ったまま、僕はぐるりと教室中を見渡してみる。数人の肩が震えていた。"笑ってはいけない"の、あの空気に近いものを感じる。僕は「はい、」と手を挙げて補足を加えた。
「マシュマロも炙りました」
とうとう耐えきれなくなり、教室は笑いに包まれた。
そして僕たちは説教部屋にぶちこまれた。
正直なところ、説教と正座ですんでラッキーだったなと思う。
僕たちは何とも言いがたい感情を露にした先生にしこたま怒られた。けれど反省の気持ちはみじんもない。だって、あの濡れ衣の糾弾のおかげで、あのツンとしたみよちゃんの笑い声を聞くことができたのだから。