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【ハイキュー!!】青息吐息の恋時雨【短編集】

第22章 ままならないまま(夜久衛輔)





「夜久,見て見て」

ふいになまえが身体を寄せてきたので,夜久はさりげなく椅子を引き,彼女との距離を僅かに空けた。そんな気遣いなど露知らず,彼女は「これ,この前つくったの」とスマホを渡す。

「なんだよ,これ」と夜久は画面を見て,彼女を見る。

「本棚だよ」

「いや,見りゃわかるけどさ」


困惑してまた画面を見た。綺麗な白い壁の前に置かれた,白い本棚の写真が映っていた。でも目を引いたのは,そこに隙間無くきっちりと収まっている本の背表紙までもが,全て一様に真っ白だったことだった。

本棚も本も,一面真っ白。無地の白。違和感があって,不思議で,惹き付けられる画像だった。

まるで,本になる前の本たちを集めて並べたような写真で,そうか,白は未完成な色なんだなと,夜久はその時はじめて思った。




「みょうじのなの?これ」

彼女は満足そうに頷いて,

「持ってる漫画ぜーんぶ,白のブックカバーをかけたの。コピー用紙で。それから棚もスプレーで塗った」と言った。

「なんで,そんなことしたんだよ」

「だって,私の持ってる漫画,みんなと同じでつまんないんだもん。嫌になっちゃったのよ。自分の本棚の凡庸さに」

「でもこれじゃ,」と夜久は一層混乱してスマホを押し返す。「背表紙が隠れてるから読みたい漫画がどれかわかんないじゃんか。例えばハイ,ワンピース33巻が読みたい。今すぐ」

「この本棚の欠点を挙げるとしたらそこね」

なまえは愉快そうに目を細めて,哲学者のように意味ありげに言った。「本の中身が知りたいのなら,手にとって開いてみなければわからない!」

「使い勝手最悪だな!」

堪えきれなくなって吹き出すと,なまえも声をあげて笑った。

「そうなの!」

そして彼女は,短くなった髪をなでて,耳にかけるような動作をとった。「これはね,世界一かっこつけた本棚なのよ」

「はは,暇人の為せる業」


夜久は笑いながら,無意識のうちに手を伸ばしていた。自分の意思とは関係なく,勝手に指先が動いて,なまえの耳の後ろをなぞった。「あ,」そして気がついて顔を真っ赤に染めた。「悪い。触っちゃった。つい……」

「いいよ。気にしないで」

なまえは目をふせて頬杖をつくと,窓を見つめた。そして長いこと黙ってしまった。


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