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【ハイキュー!!】青息吐息の恋時雨【短編集】

第22章 ままならないまま(夜久衛輔)


「すげー切ったな」と正直な感想を言うと,なまえは「切ったよ」とくすぐったそうに笑った。


「だって,夏だから」

「夏だからかぁ」

繰り返して,そっかぁ。と呟いた。そっか,夏だもんな,と。


さっき,研磨が夏だと言っていたのに,特には何も感じなかった。けれど見ない間に肌が焼けた,髪の短いなまえの口から言われると,あぁ,確かに夏が来たんだな,と,改めて思ってしまう。

開け放たれた窓の向こうから,おそらくずっと鳴いていたであろう蝉の声が,急に大きく聞こえ始めた。



「似合うな」

「ありがと」

なまえはさらりとお礼を言うと,窓の方へと顔を向けて,そして夏の初めのプールみたいに透明感のある声で「ね,夜久」と名前を呼んだ。「隣,来て。一緒に勉強しよ」


「勉強する気なんてないくせに」

からかいながらも,でも本当は心の隅で淡く期待していたのかもしれない。夜久は形だけ筆記用具を持つと,なまえの隣の席に座った。もちろん,ノートなんて広げずに椅子ごと彼女のほうへ身体を向けて。


「みょうじ,お前課題進んでる?」

彼女は無言のまま肩をすくめて,"お手上げ"のポーズを取った。

「だよな。俺も」

「ところで夜久さぁ,あれ買った?NARUTOの外伝」

「買ってない。ってか集めてねーし」

「ほんと?夜久なら絶対読んでると思ったのにー……じゃああれは?先月のワンピース」

「読んでない」

「なーんだ,がっかり」


口をとがらせてなまえは,下敷きでパタパタと扇ぎ始めた。汗の滲む彼女の首もとを見ながら,「みょうじって,そういう漫画も読むんだな」と言うと,「えー,どういう意味よそれ」とこちらにも風を送ってくれる。

「なんつーかもっと……こう,俺の知らないようなやつ読んでそうだなって思って」

「なにそれ。大友克洋の童夢とか?」

自分で言って面白かったのか,なまえは両足をぷらぷらさせながら,口もとを抑えて,ふふ,と笑った。「なるほどね。夜久の中で私はそーいうキャラなのね」


相変わらず窓の外は緑ばかりで,動きたくないほどの暑さで,でも,汗でへにゃりとしている彼女の短い前髪は可愛い,と夜久は思った。そういえば,自分も部活上がりで随分汗をかいている。



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