第22章 ままならないまま(夜久衛輔)
8月も第一週が過ぎ,夏休みも中盤にさしかかろうとしていて,来週にはお盆休みがやってくる。そろそろ課題にも手をつけないといけないし,かと言って練習もサボってはいられない。でも,暑さが全てのやる気を台無しにする。
首筋を伝う汗を拭いながら,彼は考える。現状のこと,将来のこと,やるべきなのにいつまでも先延ばしにしてしまっていること。部活中にそんなことを考えている時点で,気もそぞろというのかもしれない。
「なーんでこう,暑いんだろうな」
宙を飛び交うバレーボールを見上げながら,ぼんやりと呟いた。
「……夏だから」
隣の研磨が死にそうな声で返事をしたので,「当たり前だな」と言って笑った。
*
本日の目標,練習後は速やかに教室に移動して課題をやっつける。
部室を出て,教室棟へと向かいながら,今年の夏は殺意をもっている,と夜久は考えた。暑いし,休みはないし,いつも大切な何かを忘れているような気分になる。それなのに,受験勉強までしなきゃいけないのだから,せめて夏休みの課題だけでもさっさと終わらせなければ,と。俺は断固として生き残る。
蒸すような廊下を突っ切って,階段をリズミカルに降りていくと,鞄の中の物たちがぶつかりあってガタガタと音を立てた。構わず自分のクラスへと滑り込み,それから,少しがっかりした。なぜって,教室には先客がいたからだ。
全開になった窓際。1人の女子が机に向かっていた。ちぇっ,なんだよ。冷房も効いてない教室棟より,涼しい図書室か予備校にでも行けばいいのに,と夜久が場所を移そうかと思ったとき,ふとその女子が振り返ったので驚いた。
「え,みょうじ!?」
「あ,なんだ,夜久か」
座っていたのは,知らない女子なんかじゃなくてクラスメイトのみょうじなまえだった。夜久の姿に気がつくと「久しぶりだねぇ。終業式以来」とひらひら手を振った。
「うわ,一瞬誰かわかんなかった」
自分の席に向かいながら,夜久は目を大きく開いてなまえを見た。つい数週間前に見た,鎖骨の下まで伸びていた彼女の髪の毛は,ばっさりと切られて短いショートヘアになっていたのだ。