第15章 そよめきなりしひたむきなり(木葉秋紀)
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「あ、みょうじさんだ」
夕暮れに染まる3年3組。なまえが勉強道具を抱えて教室へと戻ってくると、窓辺に木葉秋紀が立っていた。
まるで数十年前から住み着いている地縛霊かなにかのように、彼は二時間前と同じ場所で、同じ半袖のワイシャツ姿で、同じ金髪、同じ表情、同じ体勢で佇んでいた。しかしギターは、彼の横で沈黙している。
「もう帰り?」
尋ねられてなまえは首を横に振る。顔には僅かに驚愕の色が浮かんでいた。もうすぐ日暮れとなるこの時間、普段のように教室には誰もいないと踏んでいたし、彼に声をかけられたのは、これが初めてのことだったから。
「えーと………木葉、くん?」
相手の名前を口にするのも、彼女にとっては初めてのことだった。「練習、終わったの?」
「ん、終わった」
木葉は薄い笑みを顔に張り付けたまま、ちょいちょいと手招きをした。少し躊躇う様子を見せたあと、なまえは彼の方へと歩き出す。
「みょうじさん、どこ行ってたの?」
「……しつ、」
「は?」
「としょしつ」
「あぁ、図書室ね」
窓枠の下に腰をもたせかけている木葉の向かい。少し距離を置いて正面に立つと、微かに香水の匂いが漂ってくる。もしかしたら制汗スプレーの香りだったのかもしれない。けれど、彼の前髪は相変わらずサラリと揺れて艶めいていて、先程まで運動していたなんて言われたところで信じ難い。
木葉はなまえの抱えているノートとテキスト、それから資料集と筆箱を見た。「教室で勉強しねーの?」と見下ろすように彼女に尋ねる。
「うん。うるさいから……あー、違うくて、」
なまえは足下に視線を落とした。「静かだから。図書室の方が」
「いいじゃん。素直に俺らがうるさいって言いなよ」
「んんん、そういうんじゃない。ごめん」
彼女は不安そうに前髪を触った。「あの、木葉、くん」
「ん?」
「私に何か用?」
それからまた、んんん、と短く唸った。口下手な自分に困っているようだった。あー、そうそう、と木葉が軽い調子で頷く。「ちょっと、頼みたいことがあってさぁ」