第1章 髪垂れた未来を
いつもならお盆を片付けたい所だが、そんな余裕は沖田の心の中にはなかった。弱った姿の彼女を、たとえひと時でも一人にはさせたくなかったのだ。
何も激しい事はしていないはずだが、見ている側が怖くなるほど結衣はぐったりとしている。先ほどまでは気丈な様子だったが、無理をしていたのだろう。額からにじみ出る汗が、どれほど体調が悪いのかが伺える。
そんな汗で顔に張り付いた髪を、沖田は指で優しく横に流す。そんな動作を繰り返せば、結衣の手が探り探りで総悟の手に遠慮がちに触れた。血を失った所為か、彼女の体温は低い。
「……また、抱きしめてくれる?」
弱々しい声でお願いされては、断る術はない。腰に差した刀は近くの壁に立てかけ、何も言わずに結衣を少しベッドの奥の方へ移動させれば、沖田は彼女の隣へと横たわる。
まだまだ江戸の文化が根強い時代だからだろうか、一般人の寝床は畳の上に敷く布団が主流だ。真選組で暮らしていた時も、そうで無くなった時も、沖田は畳上の布団しか知らない。
初めてのベッド経験に、体は天国を発見したかのように堪能していた。洋風の髪型を研究していただけあって、ベッドも西洋文化を勉強して、質の良いものを結衣は購入したのだろう。真冬の炬燵と同じくらい魔力を秘めていた。
思わぬまどろみに襲われながらも、沖田は結衣の要求通り腕をしっかりと彼女に回す。総悟は結衣の腰回りを、結衣は総悟の首回りへと腕を添えた。本日二度目となる包容も、やはり切なさを含んでいる。もう血など吐かない事を願いながら、沖田と結衣は互いの熱を堪能する。その近くなった距離はお互いの息づかいを感じるほどだった。
特に目の見えない結衣は、視覚以外の全てで沖田を感じていたかった。嗅覚は少し汗ばんだ沖田の匂いを拾いながら、回した腕は沖田の髪に触れる。
「髪、随分伸びたのね」
「五年間の成果でさァ」
予想もしなかったほど伸びた沖田の髪。結衣が手櫛で梳くが、腕を限界まで伸ばしてやっと毛先まで届いた。時の流れを否が応でも思い知らされる。特にその髪が伸びていた期間は、結衣にとって未知だ。それでも結衣に慈しむように髪に指を滑らせる。