第1章 髪垂れた未来を
そんな彼女に触発されたのか、沖田もまた結衣の髪を触り始めた。その感触は、驚くほど柔らかい。白詛で色素は失われているが、髪自体は栄養満点で質が良かった。
「結衣の髪も、相変わらず手入れが行き届いてるようで」
「ふふ、白髪になってもケアは欠かさないわよ」
「さすが髪結い。プロ意識は忘れてないねィ」
「貴方の髪も、素敵な質ね。長さもあって良いカツラが作れそう。女の子にあげたら喜びそうよ」
流行病が江戸や世界に広がる前、そして結衣がまだ髪結い師として店を営んでいた頃の話。もう天人の存在が地上では当たり前になった時代で、現代的な髪型をしたい女性は増えていった。古典的な髷を結う人も多かったが、美意識が変わった若者達の間では、男女問わずショートヘアが流行りだした。
流行と共に結衣が髪結い師として感じた事がある。それはバッサリと切った長い髪が、捨てるにはもったいないと言う事だ。何とかならないだろうか、と模索していた所、同じ髪結いの仲間を通して「ヘアドネーション」を知ったのだ。
システムは単純。切るお客さんの髪が一尺以上の長さであれば、それをゴムで束ねた状態でバッサリと切り落とす。あとは、それをとある機関に郵送するだけ。その機関は集めた髪の毛でカツラを作り、病気で頭皮が露になってしまった患者に無償でカツラを渡している。少しでも切った髪が有効活用できればと思い、結衣は積極的に参加した。結衣の元へ訪れるお客さんも賛同してくれ、一尺ほどの長さになってから来る人も増えてくれた。
時たま、カツラを貰った人達が写真と共にお礼の手紙をくれる事もある。闘病生活の中でも笑顔を携える彼らの姿は眩しかった。髪を提供したのはお客さんと結衣だが、カツラを使用する人々から逆に幸せを分けてもらっているのが正しいだろう。
ちょっとずつ心が豊かになれるコミュニケーションツールとして、ヘアドネーションは最高だった。特に若い女子が奇麗な髪で出来たカツラを手に入れた時の笑顔。「髪は女の命」と言うだけあって、彼女達の喜びは際立った。