第1章 髪垂れた未来を
「……ただいまでさァ、結衣」
「…………っ総悟?」
今度は結衣が目を丸くする番である。届いた声は、五年ぶりの彼のもの。真選組解散と、ならず者として生きる決意を告げられて以来、一度も会う事のなかった恋人のものだった。
予期せぬ来訪者の所為で、結衣は呆然と立ちすくむしかなかった。そんな彼女を見て、居ても立っても居られない感情に支配された沖田は、即座に結衣を抱きしめる。その様はまるで、迷子になていた子供が、ようやく会えた母に縋り付くかのような抱きしめ方だった。
抱きしめられた結衣も結衣で、懐かしい熱に思わず涙が零す。しかし、回された沖田の腕が徐々に力を込めるのを感じ、彼女は抵抗を始めた。
「総悟っ、だめ。病気が移る……離れて!」
「安心しなせェ。俺も、手遅れなんでィ」
距離を取ろうともがく結衣を余所に、沖田の口から自然と出たのは咄嗟の嘘だった。
「そんなっ」
「まあ、発症したばかりで髪が白くなっただけなんだけどねィ。目はまだちゃんと見えるんでさァ」
暢気な語り口で更なる嘘を告げる沖田の腕の中で、結衣は静かに抵抗を止めた。代わりに両手を沖田の肩に乗せ、見えもしない目で彼と視線を合わせようと顔を上げる。それに応えるように、沖田も彼女の瞳を捕らえた。しかし、もう視力がかなり低下しているのか、彼女の瞳は近くにある沖田の瞳とカチ合う事はなかった。
それでも一方的に結衣の瞳を見つめていれば、沖田は彼女の表情から心安らぐ諦めを見つけた。
「ごめんなさい、とっても不謹慎だけど…………またこうして一緒にいられるのが、すごく嬉しい」
未だにほろほろと涙が零れ続ける、悲しみを帯びた目を見れば、彼女がショックを受けているのは見て取れた。最愛の彼が病で苦しむ運命にある事に、心を傷めているのだろう。けれど、逃れる術のない病だと知っているからこそ、同時に結衣は安堵していた。
どちらかが健康なのであれば、恐ろしい病気を広めない為にも離れ離れでいるべきなのは明白だからだ。だが二人とも白詛にかかっているのなら話は別である。病人と病人。どうせ近い内に死ぬ運命にあるのだから、最期くらいは共に……。