第1章 strategie
下北沢にあるスズナリという劇場の前で降ろして貰った。キャップを深くかぶり、マスクまでしていかにも変装という感じだったが俺はあまり気にならなかった。
スズナリは随分とボロい建物だったが雰囲気のある小屋だ。なんというか昭和のスナック街みたいなイメージというか。まあ、そういう感じ。
心臓が高鳴っていくのが分かる。
その気持ちを抑えたいのと、このままどんどん高くなっていって俺の範疇をひょいと飛び越えて欲しいのが戦っている。
とにかく楽しい。
それだけは分かった。
受付の女性に、当日券はあるかと聞くと柔らかい笑顔で俺にチケットを渡した。
3500円
安いのか高いのか分からない。しかし俺が普段見ている舞台に比べたら遥かに安いことは確かだった。
小屋に入るとほぼ満員。
「客入れ」といって舞台が始まる前に客席に小さく流れる曲があるが、その曲の音がとにかくでかいことに驚いた。
日本人のラップのようだが、今の俺を煽るようにその曲は流れ続ける。
早くみたい。
彼女の芝居が。
俺を驚かせてくれ。
俺を裏切ってくれ。
俺に悔しい思いをさせて、煽ってくれ。
そうだ。
この時からもうすでに俺は彼女の虜になっていた。