第8章 strategie⑧
会場に流れていたのは静寂のみだった。
ヒロカは始めて客席に、世間に刃向かったのだ。
ギロリと憎しみの目を込めて睨まれた俺ら観客は、どうすることもできなかった。
なぜなら、確かに彼女を好奇の目で見つづけていたからである。
罪悪感があるのだ。
それからゆっくりと照明が落ちていき、暗転。
そのあとパッと客電がつく。
気がついた時には物語は終わっていた。
観客は完全に取り残されていた。
観客たちは拍手することも忘れ、ただただ呆然と舞台を見つめている。
カーテンコールになり、役者たちが登場してきたとき、俺はとてつもない安堵を感じたのである。
他の観客も同じ気持ちであったに違いない。
そう。
ヒロカが少女のような可愛い笑顔で出てきたのである。
最後に憎しみの目で睨んで死んでいった彼女が、少し恥ずかしそうに笑いながら小さくぺこりとお辞儀したのだ。
客席はやっと救われた思いで、全身全霊を込めた拍手を彼女に送った。
鳴り止まない拍手に俺は、感動で胸が震えた。
なんて奴なんだ。
どこにでもいそうな普通の20代の女が、みんな愛おしくて仕方なくなった。
スキャンダルなんてもうどうでも良かった。
目の前で繰り広げられていた彼女の表現に圧倒され、感動し賞賛の思いでいっぱいだった。
ほんまにすごい。
よくやったな。
ありがとうな。
これがずっと見たかったんや。
この光景。
ほんまに最高の女や。
滲み出る涙を堪えて俺はいつまでも舞台上を眺めていた。