第1章 幸せ記念日
清水さんはくすっと笑ってあたしを見下ろす。
「俺も付き合ってる実感なんて湧いてないんだよね。まだ付き合い始めて数日だし、当然なんじゃない?そのうち慣れるよ。」
にこっと笑われて、それだけで何だか安心した。
そうか。タメ口とか、名前呼びとか、違和感を感じて当たり前なのか。
「俺も情けないぐらい甘えたりするし、さっきも甘えたけどさ、江口・・・違った、詩織は俺の事嫌いになる?」
「ならないならない。可愛いって思った。」
「俺も。甘える詩織は可愛いと思った。だから大丈夫だよ。」
「・・・そっか。」
貴哉の言葉はストンと腑に落ちて、なんだかほっこりした。
あたしが貴哉の甘えん坊な部分を可愛いと思うみたいに、貴哉もあたしの甘えん坊な部分を可愛いと思っているらしい。
本音を言えば悶えそうなほど恥ずかしい。それと同時にそわそわ、嬉しい。
隣を歩く貴哉と腕がぶつかった。いつの間にか距離を詰められていたみたい。もうこんなに近い。
「とりあえずさ。」
あたしの前に不器用な手が差し出された。
「付き合ってる実感を得るために、手でも繋ぎませんか?」
今度は目を見て。笑顔で。嬉しそうに。
・・・これは年上の余裕でしょうか?甘えん坊な一面でしょうか?
それともこれが、何も着飾っていない「貴哉」自身?
「こんにゃろー。」
大きな手にあたしの手を重ねた。
「やる事が憎いぞ。」
あたしも年下の甘えでも、素直になれない強がりでもなく、「詩織」として手を繋いだ。