第19章 恐怖でしかない
「だよ、ねぇ、覚えてる…っ?」
「…あぁ……」
言葉も忘れてしまったのだろうか。を認識しているようには見えたが、息を漏らしてからは何も言わなかった。
「椿ちゃん、私、椿ちゃんが心配で…でも、生きてて、本当に良かった…!!」
突然姿を消してから、まさかこんな状態になっているとは思わなかった。
「一緒に帰ろう、武田に。皆心配してるから…」
鉄格子を掴み、声を震わせ、涙をこらえながら優しく語り掛ける。
しかし、椿は言葉を発そうとはしなかった。ただを見つめて口をだらしなく開け、ぼんやりと、何を見ているのかわからないような雰囲気で意識をこちらに向けている。
「ねぇ…返事、してよ」
まるでそれが拒んでいるかのように思えて途端に不安になった。
「椿ちゃんッねぇ!ねえってば!!」
声を荒げても椿はただ大人しく蹲って表情を動かさない。
何故か悔しくてたまらなくて、返事をしてくれない椿を見てたまらなくいらだって、友であるはずの自分の声さえも届かないのかと絶望して、涙をこぼす。
虚ろな表情の椿は口を閉じて息を吸った。
「…さん」
「椿ちゃんッ…!」
やっと呼んでくれた、そう思って視線を跳ね上げると目前に迫った椿の顔があった。
「…ッ?!」
だがその顔は、もう訳が分からないほどに傷ついていた。
これでは嫁ぐことできないだろう。右目下には大きな痣ができていて、顎は深い傷がありちゃんとした手当がされていないことがわかる。
もう痛みを感じていないのだろうか。